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■デイリーインプレッション:バックナンバー 2000/02/11〜2000/02/18
2000年02月[ /11日 /14日 /15日 /16日 /17日 /18日 ]

2000年02月11日(金)

有名人の苦労時代を明らかにする一種の暴露番組がテレビでは人気だ。
名の知れた人の隠れたる歴史やエピソードは、われわれ凡人の低俗な好奇心を満足させ、ときおり同士的な共通感を抱かせるのである。ひとは本来的にのぞき趣味があるのであり。対象とする人物の社会的ステイタスによって、その趣味が低俗か教養的か判断されるだけだ。
演歌という低俗極まりない音楽を愛する私は実に低俗な人間だ。たまの歌謡番組にテレビにかじりつく私に、妻や娘の視線は冷たい。彼らの愛する似非教養音楽や擬似洋楽にいかほどの品格があるというのか。演歌の女王からあのベストセラーポップ歌手が生まれたではないか。
先日テレビで、サブちゃんと島倉千代子の苦闘時代を探る番組があり、興味を持って見た。サブちゃんは同じ町内会と言ってもいいほど近くに住んでいるので特別だ。広大なサブちゃんの屋敷の庭の金網塀からノゾきに行って、猟犬にこっぴどく吼えられてもこの親近感は変わらない。
島倉千代子には北品川という故郷があり、今も温かく迎えてくれる。町のちよちゃんがそのまま全国区になった。彼女の人柄を町ぐるみ受け入れている。
サブちゃんは北海道を18歳で飛び出し、渋谷のネオン街で流しを6年したあと、一曲でスターになった。デビュー当時結婚していて、隠し妻とマスコミで騒がれたときもあった。東京での苦節時代の町々が第二の故郷という。
ひるがえって私は高校時代まで過ごした信州の町が故郷だ。今も妻の父母がそこに住むため、その絆は切れていない。いつでもふるさとのあの日にもどれる。
結婚以来、何回か住まいを変えたため、娘たちはふるさとと町が結びつかないのではと思う。その日その時の思い出は町のロケーションと結びついているではあろうが、まとめて私の故郷という町がないのではないか。まあそれはどうと言うことでもないのだが。
サブちゃんが、涙ぐみながら、高校生の自分の弟が家計の足しにアルバイトをしていた話をしたあと、故郷はやっぱり親のいるところでしょうね、と言った。
そうなのだ!そこで言いたい。
娘たちよ、住んで7年しか経たないけれど、あなたがたの故郷は私たち夫婦の住む今のこの地ですよ。偉大な演歌々手北島三郎が住むこの八王子ですよ、と。


2000年02月14日(月)

最近の日本の経済状況が好いのか悪いのかさっぱり分からない。
もちろん私の住む建設分野は言うまでもなく悪い。情報によると、この業界は最盛期の60%に縮小しているようだ。そして将来もこの規模が常態となるという。さらに、いま何とかやっているからこのまま生き残れるのでは、と思うのは早計で、この1,2年は厳しい淘汰の期間だそうだ。
経済予測はおよそ当たらないと最近言われる。識者によるとこれは、統計学を基礎とした計量経済学が主流で、平均値をもとに予測するからだという。数式に入れる変数が平均値や中間値を用いるのだ。活況のインターネット関連や、携帯電話やCDに象徴される若者の旺盛な消費と、停滞する既存大企業や、財布の紐がすっかり堅くなった中高年層の混在は平均値で概括するには確かに無理があるように思える。一つの解がすべてを代表するほど経済は単純ではなくなったということか。
一体マスコミは誰を対象に社論や論調を統一するのだろうか。圧倒的多数を占めるといわれる中流層や中間層に焦点を絞らざるを得ないと思うが、この層とて多様化している。米国のように、地域に根ざしたものか、主義主張あるいはジャンル別の媒体に分かれていくのが流れのような気がする。対立というより分裂の時代が来たのだ。
企業においても、社員の価値観や能力の違いによって勤務形態を変えようとする動きがある。今までのようにひと括りで社員のパターン化ができない時代になっている。
いうなれば平均値管理ができないということだ。従って目標も各自異なるものを設定しなければならない。こうした管理が容易なはずはなく、評価や指導に混乱をきたす時期が暫くは続くだろう。
元来、人間は複雑で中間化や平均化には馴染まないはずだ。高度成長期の効率追求という非人間的テーゼによってそれが正当化されてきた。とりあえず衣食住足りて、もはや高度成長はないと知ったとき人はばらつく?楽しみを見い出しているのかもしれない。自分らしく生きたいという名目のもとに。
最近、複雑系の理論研究が盛んになりつつあるという。あらゆる現象を単純な平均値で捉えないで、複雑なまま解釈しようという学問らしい、が、噛ったこともない私に講釈する資格はない。今の日本の経済状況が好いのか悪いのかこの学問ではどう解釈するのだろうか? もっとも好悪という単眼的な考え方そのものが意味のないことなのだろうが。好い悪いがはっきりした、素人に分かりやすい政治が、実は衆愚政治を招く一因と私は密かに考えている。ものごとの単純化は本質を見失う危険性も内包しているのだ。
我が家の経済は、妻の金銭感覚をもとにした現実主義で評価され異論の入る余地はない。複雑系の学問は要らず、妻の感ピュターがすべてだ。しかし夫婦の求める幸福は、夫の大幅な譲歩により、幸せにも平均化され中間を取っているのである。 


2000年02月15日(火)

こいつには敵わないなあ、と思う友達が何人かいる。
親に十分な金と教養が具わっており、しかもきちんとしつけをされた者は、余分な含羞や劣等感もなく、すべてにおおらかで表道を歩く。これにスポーツで精神と肉体の心地よい合体を経験すれば、その健康さは完璧だ。
親に、教養はともかく十分な金が具わっていず、病に倒れた父親のしつけどころか接触も十分でなかった背景をもつ私が、トラウマとは言わなくても、多少屈折した思いが心の奥底にあったとしても不思議ではない。
T君は私と最初の会社で同期入社だった。その会社の大株主である生命保険会社の副社長の息子でもあった彼は、入社当日私に、縁故入社であると堂々と宣言した。田舎者の私は、職を得るのに裏があることをその日初めて知った。
入社式の済んだあと、家に遊びに来いということで、高級住宅街にある瀟洒な邸宅を訪れ、東京に住む裕福な知識人の家庭というものを初めて見たのである。
そして彼の、頭脳明晰さではなく、おおらかさに、これは敵わないなと思ったものだ。事実彼は、入社後ゴルフとマージャンにいち早く頭角を現し、技術系の採用であったにも拘わらず、営業の腕を認められたのである。
彼の懇請により、彼の結婚式の司会を務めた。父親の関係から財界人の招待客も多く、緊張したことを覚えている。その父親はお礼にと、高価なゴルフクラブ一式を私にくれた。
新規プロジェクトで彼と一緒になり、二人でノールウェーに技術研修を受けに行った。研修終了後、図ってヨーロッパをゆっくり回った。その間、ずーとホテルの部屋を同じくしたため、よく気まずい雰囲気になり、私一人が興奮していた。街中で私一人が憤り、別々で観光したこともあった。私より英語が不得手な彼のこと、心細いこともあったろうに。彼の心の安定は尊敬に値する。
このプロジェクトが不発に終わり、彼も私も会社を去った。父親のコネとかで、彼はある大手スーパーに移る。そのころスーパーの拡大期であった。
それから疎遠になって、20年以上になる。年賀状のやり取りはある。
日曜日の長崎屋の会社更生法申請を知って彼を思い出した。彼の勤める会社もとかくの噂がある。企業の盛衰に無常を感じる昨今だ。
今年の彼の年賀状に、「もう定年が目の前に来ています」と書かれてあった。


2000年02月16日(水)

小説「ぽっぽ屋」が映画になり、定番高倉健が好演し、興行的にもヒットした。
私は小説も読んでいないし、映画も見ていない。が、いくつかの批評から筋も見えたし、泣かせ所もつかんでいる。そしてそれ以上にこの物語が分かっている気がするのだ。
私の母の父も、母の弟も、そして私の次兄も国鉄職員だった。いや何より、私の父がぽっぽ屋だったのだ。わが家系はいわゆる国鉄一家だったのである。私の長兄も国鉄に入ったのだが、戦後のレッドパージ(赤狩り)で私の父にクビになり、父を恨みつつ教員になった。国鉄は戦後、国営から国有に変わっても、「親方日の丸」の安定した勤め先のひとつでもあったのだろう。田舎に行くと、百姓をやりながら、のんびり国鉄に勤めるというパターンも多く、膨大な赤字の一因ともなったのである。
私の父は高等小学校を出て、蒸気機関車の釜焚きから国鉄人生をスタートさせた。
そして機関助手、機関手と昇ったのである。明治の青雲の志をそのまま持った父は、それからの人生を勉学に賭けたのだ。どこでどう何を学んだのかは定かではないが、30代のはじめには、当時の鉄道教習所の教官に納まっており、蒸気機関車に関する著書も何冊かものにしている。数学、物理学、英語など独学で学んだようだ。工業高校の教科書の執筆にも手を染めている。
郷土の文豪島崎藤村に憧れ、小説にも手を出したがこれは無理であった。
本の虫と化した父に家庭の団欒はなかったようだ。そして二人の子を残して妻が去るのである。後妻として私の母が嫁いだ。不思議にも母は初婚であった。
先妻の子と母との葛藤は、今も私の手元にあるそのころの父の日記帳で知ることができる。父の妻子への愛や苦悩はいま読んでも迫ってくるものがある。
その後、現場長として対応したレットパージといわれる大量解雇の指揮に心身とも疲労し、脳出血に倒れるのである。私が小学校2年生のときであった。
残された膨大な書籍を古本屋に引き取らせて父の実人生がここで終わるのである。
私とは大きく価値観の違う、一ぽっぽ屋の人生だった。
私も来年父の死んだ歳になる。


2000年02月17日(木)

車を買う、と米国の大学に留学している娘がメールで報せてきた。
大学は街中にあり、とくに必要でもあるまいにと思いつつ、彼女の、こちらでは絶対必要なんです!、という文言を繰り返し読んだ。
私は車こそ危険極まりない乗り物であるといまだに信じている。もちろん車を所有しているし、週に一度は運転する。それでも人間に不安をあたえる必要悪の厄介モノという感覚は捨てられない。
下の娘がわずかな用事に車で出かけたときは、妻と私はいつも心の中でビクついているのである。まるでロケットで宇宙に飛び立つ冒険に出たかのごとく緊張しているのだ。恐ろしいダンプトラックに左右前後はさまれもがいている娘を想像してしまう。帰ってきたときは、安堵でやっと心が開放される。
こうした車に対する漠然とした不安は、実は私たち夫婦が田舎ものであるからだと思う。誰もいない広い道路でひとり運転をするときは何の不安も感じない。もちろん衝突事故など起こるはずもない。都会の混雑した道路や、高速道路は他者との関係の中に自分の車を置くわけである。つまり多くは、相手があるから事故が起きるのだ。田舎と都会の違いは、他者との距離の取り方にあるといわれる。
田舎は人口密度の関係で、その距離は都会より遠い。
会話のとき相手との心地よい間隔は、日本人の場合60センチだという説がある。
ブラジル人はそれが30センチで、肩に手を回したり抱き合って話すのが普通だそうだ。ちなみに米国人は45センチになるという。この距離はカルチャーの違いによる。
要するに、田舎ものが田舎で運転する分には不安を感じないが、都会の接近距離で運転すると情緒が不安定になることを力説したいのだが、納得いただけるだろうか?妻も私も子供のころの距離を引きずっている気がする。
心配で、米国の娘に電話で真意を質した私に、「だいじょうぶよ、こちらは日本とちがって車少ないから」、の能天気な娘の言だ。要するに田舎ということだな、と半分は得心したのである。残りの半分は、まだ一度も運転したことのない娘の腕など信用できないからだ。


2000年02月18日(金)

三島由紀夫が、「肉体健康、精神不健康」を標榜したと言う。彼のボディビルで鍛えた引き締まった肉体に、文学するための繊細でエキセントリックな精神構造が必須であったという意であろうか。天才には常人の理解を超えた信念がある。
ひるがえって私は、「精神健康、肉体不健康」を感じて久しい。精神健康は、割腹自殺するような一途な心情も、人生不可解と感ずる哲学的理念も持ち合わせていないという意味であり、肉体不健康は、たるみ切った筋肉と、腹部にたまった内臓脂肪、さらには成人病に侵された我が身体を考えれば言うまでもない。
「肉体健康、精神健康」を目標に、もう遅いかなと感じつつも、近くのスポーツクラブに入会してから一年経つ。利用回数が少なければ会費がもったいない、という経済的論理に立った妻の毎度の小言に背を押され、月に何度か汗を流す。ノルマを果たさなければというストレスが最近たまっていた。
先月末、スペインに行くと決まってから、急にひざが痛み出した。理由がわからない。寒くなったからなのか、連休にコタツで長い間足を曲げたままビデオを見過ぎたせいなのか、思い当たることはいくつか浮かぶ。そう言えば昔、太極拳をやっていたとき、似たような症状が出て往生したが、など出張を前に不安になる。
薬局から温湿布の大判を買ってきて毎晩貼り付けるが症状は改善しない。スペイン旅行用バッグの半分近くがこの膏薬で占めた。
寒いヨーロッパで、痛みが一段と悪化するかと心配したが、気候が合ったのか、それほどでもなく安堵した。結局大量の膏薬はそのまま持ち帰った。
スペインで暇にまかせて、ひざの痛みの原因をよくよく考えてみたら、どうもスポーツクラブで自転車漕ぎに精を出したせいだと気がついた。あるテレビ番組の、年を取ったらひざを鍛えるべきだ、というご託宣を信じて、機械によるひざ筋力トレーニングと平行してこれにトライしていたのだ。
この痛みの理由の推測が確信に変わり、スポーツジムへ通わなくてはという脅迫観念が精神健康によくないのでは、と心がささやくに至り、とうとう解約に足を運んだのである。窓口で女子体育大学のアルバイトが、私のひざの痛みの解消には更なるひざ筋肉の強化トレーニングがいいんですよ、と継続を熱心に勧めた。
二度だまされるほど健康には執着していない!
家に帰って、妻に脱会したことを告げると、想像通り嬉しそうであった。「精神健康、肉体不健康」でポックリ!が望みにちがいない。


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