■亀の子コンクリート考
第十四回:多数意見が誤ることもある 小林 映章

コンクリートを練り混ぜたり、諸々の測定を行ったりしているとき、予想に反した、あるいは定説とは異なった結果が出ることがある。多くは材料や作業の不適切なことによるが、ときにはそこで得た観察結果や測定結果が正しかったということが起きる。コンクリートのような複雑な系では先人の判断を改訂することがときどき起きても不思議ではない。

いま人々の関心が高い問題について最近興味ある記事に接した。廃棄物の焼却に際してダイオキシンが発生することは社会的な関心事であり、官民挙げてその発生防止に取り組んでいる。焼却炉内でダイオキシンがどのようにして発生するかというと、主として廃棄物中に含まれている塩化ビニルなどの塩素を含んだ有機物が燃焼して塩酸(HCl)が発生し、それがやはり燃焼中に生じたベンゼンのような芳香族分子と反応してベンゼン核に塩素が付いたクロロベンゼン等を生成し、その分子がある温度条件で2個結合してダイオキシンが生じると考えられている。この反応に興味を持った東京農工大客員教授の小林義雄先生が、上記のような反応でダイオキシンが生成するのであれば、HClと芳香族分子の衝突、それに続く生成したクロロベンゼン等の衝突によりダイオキシンが発生するのであるから、反応論的にダイオキシンはHCL濃度のほぼ2乗(〔HCl〕-2)に比例するはずであると考え、この理論を学会誌に発表すると共に、ダイオキシン発生を抑えるには焼却炉内のHClをアルカリ性物質で中和してやればよいことを提案した。炉内のHCl濃度を減らす技術は、石炭燃焼炉の脱硫技術が応用できるので、すでに確立している。すなわち、HCl濃度を1/10に減らせばダイオキシンは2ケタ近く減少することになる。

上記の提案に対して廃棄物の専門家の意見は否定的であった。炉内のHCl濃度に比してダイオキシン濃度は極端に低いのだから、いくらHCl濃度を減らしてもダイオキシン発生濃度は変わらないというものであったという。現在すでに焼却炉を大型化して燃焼温度を高めることに対策を絞っているので、小林先生の提案を認めることに抵抗があったのかも知れない。原料物質が大量にあるのに生成物質が極めて少ないということは、その物質を生成する反応定数が小さいことを意味し、反応する物質が極めて大量にないと僅かの反応生成物も生じないはずである。

コンクリートのアルカリ骨材反応によって生じるアルカリ珪酸塩ゲルが極少量でもコンクリートの強度に影響を与えるというようなことがあったとしたらどうであろうか。アルカリ骨材反応の反応定数は大きいので、少量のアルカリでもかなりのアルカリ珪酸塩ゲルが生じ、大問題になっていたかも知れない。反応定数の大きいこのような系では誰もアルカリ濃度の影響を否定はしないだろう。

反応定数が小さい、大きいという違いはあるが、ダイオキシン生成反応もアルカリ骨材反応も熱力学の法則に従って進行し、これから外れることはあり得ない。コンクリート構築物でも今後さらにいろいろな問題が生じるかも知れないが、ムードや既定事実を擁護するための議論に組すると、ツケが大きくなることを忘れてはなるまい。


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