■亀の子コンクリート考
第三十一回:研究開発と生産 小林 映章

新しい物を作る場合には、まず目標仕様を定め、その目標を達成するために、どのような材料をどのように使うか、というようなことについて、ときには試行錯誤を繰り返し、また、何回かテストを行って再現性を確認した後生産活動に入るのが普通である。この研究開発段階と物を実際に生産する段階との間には、分野により著しい違いがある。

例えば、製薬分野では、研究開発や臨床試験に何百億という費用を投じて新薬を開発するが、分子設計の手法など化学の最先端の知識を駆使して研究段階で確立した技術が生産段階でもそのまま忠実に採用されるので、研究室で生み出した化合物(薬)が生産段階でも確実に合成されていく。すなわち、試験管での実験がそのまま生産段階でも活かされる。

化学分野では、例えば、新しいポリマーを作り出す場合には、試験管段階の実験で所望の物が得られると、次に少し規模を大きくして実験し、さらにスケールアップの実験を幾つか繰り返した後、実証プラントを作り生産プラントへと進んでいく。生産プラントでは、試験管で作られたものと完全には等しくないとしても、限りなく近い新ポリマーが製造されている。

建設分野ではどうだろう。コンクリート構造物の強度設計等は高度に進歩し、技術者の設計が忠実に反映されていれば、申し分のない構造物が建設されるようになってきている。しかし、内部をみると必ずしも現状に満足できるものではない。鉄筋の太さや挿入密度、構造物の形状等は余程意識的に手を抜かない限り設計通りに作られている。しかし、コンクリートそのものとなると、なかなか設計通りにはいかない。従来から連続して使われているコンクリートであれば品質の一定したものが得られるであろうが、全く新しい組成のコンクリートとなると開発段階と製造(生産)段階ではかなり違ったものになる可能性があると考えてよかろう。

コンクリートの場合には、実験室段階でさえいつも同一の材料を用いて、再現性のある方法で実験が行われることは少ない。少なくとも製薬や化学の分野とはかなりかけ離れた精度で実験が行われている。自然を相手にする農業に近いような精度と言える。したがって、実験室段階で得られた結果が現場で本当に実現するかどうかはやってみなければ分らないところがある。さらに、実験室で行ったものをコンクリート工場や工事現場でテストする段になると、使用する材料も、人が変わることによる作業のやり方も、テスト場所の環境条件も全て変わり、ときには開発者の期待とは全く異なったものが作られることになる。

化学分野などでは、研究段階を終えて生産が始まり、日時が過ぎていくと、それまで顕在化していなかった欠点が徐々に改良され、製品は良くなる方向に改良される。コンクリート分野ではどうだろう。より良くなる方向に改良される場合も勿論あるが、コスト低減や作業の簡易化のために製品の質からみるといつの間にか改悪されているというようなものがかなりあるのではなかろうか。後の世まで誇れるような製品や構造物を作るためにはこのような点にも問題意識を持つ必要があろう。


前のページへ目次のページへ次のページへ