■私のコンクリート補修物語
番外編 凍害 堀 孝廣

 今まで、コンクリートの中性化、アルカリ骨材反応、塩害について述べてきた。
 この番外編では、亜硝酸リチウムの持つコンクリート、モルタルの初期凍害防止効果について紹介しよう。

 今から20年ほど前、盛岡から宮古方面に向かう途中にある早池峰山麓の渓流に岩魚釣りに行ったことがある。当時はまだまだ魚影が豊富で、そこそこに良形の岩魚が竿をしぼり、夜には川原に張ったテントの傍らで、釣った岩魚を焚き火で炙り悦に入っていた。さて、釣りも終わり、車の所に戻ってザックの整理をしようと道路脇のコンクリートの護岸に腰を下ろしたところ、コンクリートが崩れ危うく川に転落しそうになった。
 護岸のコンクリートに触ってみると、手でぼろぼろと掻き落とせる、更にコンクリートが素手でいくらでも掘れてしまうではないか。コンクリートの凍害の話は聞いてはいたが、それはひび割れが入るとか、ポップアウトとか、スケーリングが起きるといった類の知識であり、このように全く砂利と砂を握り締めただけのような状態のコンクリートは見たことも聞いたこともなかった。今から考えてみると、これは明らかにセメントが水和する前に凍結し初期凍害の被害を受けたことによるものであった。

 以下に初期凍害ではないが、凍害を受けたコンクリート被害の状態を紹介しよう。



 凍害の機構については、以下のように考えられている。

水圧説
 コンクリート中の空隙の大きな部分が先に凍結し、凍結によって体積膨張した分だけ未凍結の水を押し出す。この現象が細孔内で起こるため粘性抵抗による水圧が発生する。
 細孔径が小さい程、凍結温度は低くなる。従って、温度が低くなるほど、内部での圧力は飛躍的に高まる。この説は、経年による凍害を説明するのによく用いられている。AE剤による良質な空気の導入によって、耐凍害性が付与される。


凍上説
 これは、比較的大きな細孔の中で最初に凍結した氷が、より小さい細孔にある未凍結の水を吸出し、氷が成長を続けIce Lenseを形成して膨張圧を発生するという説で、主に初期凍害をよく説明するとされている。この説では、AE剤は効果がない。


 さて、亜硝酸リチウムのアルカリ骨材反応や鉄筋腐食の抑制効果に関する研究を進めている中で、亜硝酸リチウムはセメントに多量添加ができるということに気付いた時から、凝固点降下作用によりきっと防凍効果も有するに違いないと考えていた。
 そんな折、たまたま北見工大の出身者をグループに迎え入れることになり、厳寒の北海道で亜硝酸リチウムの防凍性に関する実験を行なう機会に恵まれた。この実験には、北見工大土木工学科の鮎田先生と研究室の皆さんの多大なご尽力を頂いた。

実験の概要
 20℃の室内でコンクリートを練混ぜ、10φ×20cmの軽量モールドに打込み、前置き養生を取らずに直ちに以下に示す環境下に暴露、強度発現を測定した。


屋外の温度
 材齢28日までの屋外暴露場所での温度記録を示す。
 最高気温は9℃、最低気温は-21℃、平均-5℃であった。


 コンクリート中に埋め込んだ熱電対により測定したコンクリートの温度記録を以下に示す。


 無添加のコンクリートでは0℃付近に、防凍剤が添加されているコンクリートでは−2℃から−7℃にかけて、ショルダーが見られるが、これはコンクリート中の水分の凍結温度を表している。各養生条件下での強度発現状況を以下に示す。


 屋外暴露では、90日後においてプレーンの試験体では100kgf/cm2にも達していないが、 LN-30では230kgf/cm2とプレーンの標準養生2週相当の強度が出ている。−15℃の低温室養生では、プレーンは28日後でも型枠からの脱型時に壊れてしまい、強度測定をすることができなかった。LN-30では、75kgf/cm2の強度が出ており、このような極低温下においても、セメントの水和が進んでいたことが確認できた。

 W.チェルニンの『建設技術者のためのセメント・コンクリート化学』によれば、セメント硬化体の熟成度を計算するのにしばしば用いられるSaulの式は、
      熟成度=At×(t+10)、ここでAtは、t℃の材齢である。
と表され、実際の硬化温度より10℃だけ高い温度を式中に入れた理由は0℃以下でも硬化反応は起こりうるが、−10℃以下となれば、もはや硬化反応は起こらないと仮定したからである.と説明している。

 しかし、セメント硬化体中の水分の凍結を防ぐことができれば、水和反応の速度は遅くなるが、−10℃以下でも水和反応は進行することをこの実験結果は示している。

 コンクリートは比較的ヴォリュームが有るために、セメントの水和熱による保温効果が期待できるが、モルタル、或いはペーストといった数mmからせいぜい2、3cmの厚さしかないセメント組成物の場合には、初期凍害はより深刻となる。
 モルタルの場合、コンクリート表面に塗布されることが多いが、たちまちにして外気温及びコンクリートに熱を奪われる。時には、コンクリートが氷点下のこともあり、瞬時にしてモルタルが凍結してしまうことも例外ではない。

 亜硝酸リチウムの防凍効果を、モルタルで確認した実験を紹介しよう。


考察
 亜硝酸リチウムを含まない通常のモルタルは、−10℃の低温化では殆ど強度が発現しない。また、氷点下の状態にあるコンクリートに塗布された場合には、モルタルが瞬時にして凍結してしまい付着力が表れなかったものと推測される。
 一方、亜硝酸リチウムを含むモルタルでは、強度発現とともに付着力も十分確保されることが明らかとなった。とりわけ湿潤状態のコンクリートに塗布した場合、コンクリート表面は凍った水膜で被われているため、モルタルだけの防凍作用であれば付着力は出ないはずであるが、亜硝酸リチウムが含まれているために、塗布したコンクリートの凍った水膜を溶かし付着力を発現させたものと推定している。

 関西電力、近畿コンクリート工業(株)では、亜硝酸リチウムの持つ防凍作用に興味を持ち、更に実用化のための研究を進め、渇水期のダム補修工事に使用している。ダムの補修工事は、その水量がもっとも少なくなる冬季に行なわれることが多いが、山間部のダムでは−10℃以下となることも珍しくなく、保温養生をした中でジェットヒーターを焚き続けるといったことが行なわれている。
 関西電力では、亜硝酸リチウムを防凍剤として用いることによって、保温養生のためのコストを大幅に削減できたとしている。

 工事の概要を以下に紹介しよう。


 亜硝酸リチウムの防凍剤としての普及はあまり進んでいないが、極低温下での挙動にはたいへん興味あるものがあり、今後の進展に期待したい。


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