■私のコンクリート補修物語
第5部 防錆剤を用いたコンクリート補修 堀 孝廣

5-4 亜硝酸リチウム含有モルタル

 亜硝酸リチウムの製造は、何とか目処がついたので、次にモルタルやコンクリートを使った評価試験に精力を集中していった。当時は、あくまで珪酸リチウム水溶液との一液化を狙い、海砂程度の塩化物イオンを混入したモルタル中の鉄筋の腐食抑制を主眼として実験を進めていた。処理方法も、水溶液のコンクリート表面からの塗布を念頭においていた。最初の予備実験で鋼板に直接塗付した場合には、明らかに単独で珪酸塩、亜硝酸塩を塗付した場合より効果があったが、モルタルやコンクリート中に埋め込んだ鉄筋に対しては、歴然とした効果が認められなかった。 4×4×16cmの型枠の中央にφ10mmの鉄筋をセットするため、かぶりとしては15mmしかないのだが、添加剤として入っている程度の亜硝酸イオンでは量的にも不足し、また塗布した後の拡散にも時間がかかり効果が表れなかったのである。

 一方、FHWAの文献やデソルト研究会の文献では亜硝酸塩単独で表面から塗布して効果があったという報文が発表されてきていた。これらの文献でも、所定量の亜硝酸イオンが必要と記述されていた。しかし、亜硝酸塩水溶液のコンクリート表面からの塗布工法では、塩化物イオン量と鉄筋のかぶり厚さにもよるが、1m当たり500g以上、時として1kg以上塗布する必要があることがわかった。亜硝酸塩水溶液の塗布が容易であるとしても、コンクリートの含水率や天候などの条件を考えると、施工上に困難の多いことが予測された。

 当時アルカリ骨材反応の抑制対策としても、亜硝酸リチウム水溶液を大量に塗布・含浸する必要に迫られていたので、何とかコンクリートに効率よく塗布する方法がないものかと、種々検討した。その内容については第2部『2.9コンクリートへの含浸方法』の項で紹介した通りである。

 昭和40年代に、一般戸建住宅の内装用に、繊維壁材というのが流行った。これは、繊維を裁断したチップにCMCという糊剤を混ぜたもので、施工現場でこれに水を加えて練混ぜ、左官鏝で塗って仕上げるというものであった。100gから200gほどの材料に1kgほどの水を保持させることができ、施工も極めて簡単でしろーとにも施工することができた。この繊維壁材の保水力に着目し、水の代わりに亜硝酸塩の水溶液で練混ぜることを考えた。これは糊材の選定に注意し粘土系の微粉を併用すれば、なかなか有効であったが、含浸処理後そのまま放置するわけにはいかないので、除去の手間と使用済み繊維壁材の処理が問題であった。

 ある実験でその亜硝酸塩を含浸させた繊維壁材を、コンクリート表面から剥がしている時に、ふとモルタルだったら落す手間がいらないということに気が付いた。モルタルは躯体改修の場合には必ず素地調整に使用される。このモルタルの中に、亜硝酸塩を多量に含有させておけば、モルタル中から随時コンクリート中に亜硝酸塩が浸透・拡散していくのではないかと考えたのである。

 防せい対策用の亜硝酸塩としては、亜硝酸カルシウムが一般的だったのでセメント:砂1:2のモルタルに、亜硝酸カルシウム30%水溶液をそのまま加えて練ってみた。すると、混練している途中から発熱してきて注水5分後にはかちかちに固まり、しかも激しい収縮ひびが入った。これでは使えないということで、傍にあった亜硝酸リチウム25%水溶液で同様にして練ってみた。こちらは、こわばりもなく、多少遅延気味であったが作業上支障はなかった。このモルタルをコンクリートの平板に塗付け、1週間後に建研式接着力試験機で付着強度を測定してみると、モルタル破壊で強度は20kgf/cm以上あった。通常、ポリマーを混和しないモルタルをコンクリートの平板に塗布すると塗り方の稚拙さもあってか、モルタルとコンクリートの界面で剥離し強度も10kgf/cmも出ないことが多かったので、これはいけると感じた。それからは、亜硝酸リチウムの添加がモルタル物性に与える影響に関する試験と、他の亜硝酸塩ではどうなのかといった試験に没頭した。従来のコンクリート混和剤としての亜硝酸塩の使用は、セメントに対して1,2%添加の添加だったので、亜硝酸塩を10%以上添加しようという研究は皆無であった。10%という添加は、モルタル中からコンクリートへ亜硝酸イオンを拡散浸透させる上で、ぜひ確保したい数字であった。

 この方法がうまくいけば、亜硝酸イオンの含浸と表面保護、下地調整まで1回の工程ですみ、しかも従来の左官仕事と全く同じなので、特別な技能・習熟を必要としない画期的な方法になるという自信があった。

 この時の実験結果をまとめて昭和62年5月のセメント技術大会で発表したが、これが亜硝酸リチウムの建設分野へのデビューである。翌年のセメント技術年報に内容を報告しているので、以下紹介しよう。

 亜硝酸塩の中では、リチウム塩、ナトリウム塩、バリウム塩がセメント物性に与える影響は小さいが、ナトリウム塩はアルカリ骨材反応に対する危惧があり、バリウム塩は溶液の安定性が悪く使用できない。

 亜硝酸リチウムの添加量が増えると、やや強度が低下する傾向が見られる。これは後でわかったことだが、亜硝酸リチウムの添加量が増えると空気量が増える傾向にあり、その影響によるものと思われる。付着強さは添加量に応じて高くなる傾向が見られる。これは、亜硝酸リチウムは保水性が高いために、コンクリートとモルタルの界面でのドライアウトを防いでいるためと推測している。

 亜硝酸イオンが、モルタル中からコンクリート中に逐次浸透していることが確認された。

 リチウムイオンも、同様にコンクリート内への拡散が確認できたが、亜硝酸イオンに比べると拡散が遅い。一般に陽イオンは陰イオンに比べて、拡散速度が小さい。

 亜硝酸リチウムがモルタル中に高濃度に含有されると、炭酸ガス、塩化物イオンなどの外部からの劣化因子の侵入が抑制される。これは、亜硝酸リチウムの保水性が高いために、モルタル中の細孔が水で封鎖されていることによるものと考えている。亜硝酸リチウムの中性化抑制効果に関しては、第1部中性化の最後の項で触れているので参照願いたい。


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