株式会社浅見製作所
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■デイリーインプレッション:バックナンバー 1999/08/02〜1999/08/10
1999年08月[ /02日 /03日 /04日 /05日 /06日 /09日 /10日 ]

1999年08月02日(月)

コンクリート製品業界における国際化とはいかなるものであろうか?
パイル、ヒューム管などの東南アジアへの進出はもう大分以前のことだ。海外の製品メーカーが自身の手で工場を建設し、日本に進出した例は聞かない。ライセンスによる彼らの製品が業界に根付いている例はいくつかはあるが。
代表的なドメスティック産業である建設の関連業界は、海外メーカーにとって参入しにくい市場の最たるものだろう。あるコンクリート製品メーカーが、側溝の工業所有権に係わる争いで、ニューヨーク州の裁判所から呼び出しを受けた事件は、我々業界住人をひどく驚かせた。
競争といっても、小さなコップの中の嵐で納まる程度の、本質的には協調という名の談合体質の業界に一石を投じたことは間違いない。
聞けばもともとの発明をした人は、まったく業界に縁のなかったいわゆる素人だった由。
従来の慣習や呪縛に囚われない外部の人が新しい発想のもと、このように、良くも悪くも我々を国際舞台に連れ出してくれる例が増えるのではないか。
その日のために英会話でも始めてみたら?


1999年08月03日(火)

スターウォーズ・エピソード1を観た。
スジは他愛のないものだが、CGをふんだんに使った奇妙な異星人(?)の自然の動きや、スケールの大きな戦闘場面などは、さすがルーカスと感心した。
我々の業界でも3DCGのシミュレーションも当たり前となってきて、こうした映画も、金をかけたな、と思うだけで、当初の映像ショックも薄れてきたしまった。
動きの激しいゲームに慣れた若者にとって、この映画は同じノリのエンタテインメントだろう。
ANAのハイジャック犯は、コンピューターゲーム上の名パイロットだそうだ。実際の操縦を試してみたかったというのが事件の真相のようだが、恐い話だ。
最近はCGによってかなりリアリティのある画像、映像が作成できる。対話ソフトを使うことによってその虚像を自分でコントロールすることもできるのだ。
この仮想現実に遊ぶことに飽きたオタク青年が、本物の実感が欲しくて今回の事件を起こした。
戦争がこんなことが理由で起こったらどうしよう。
若い兵士が「いちど戦争をしてみたいと思って!」とボタンを押したら!


1999年08月04日(水)

コンクリート製品工場の技術者はたいてい土木か建築専攻の人である。
機械や化学の人は少数派だ。製品の売り先が建設分野だから、あるいは製品の設計に構造力学が必要だから、ということだろう。
設備や装置のことは専門のエンジニアリング会社に、材料や品質に関する化学的なことはセメントメーカーや混和剤業者に依存することが多い。
いまコンクリート技術で最もホットな話題のひとつは、コンクリートの寿命予測であろう。すなわち耐久設計法の確立である。
コンクリートや、鉄筋コンクリートの力学的な計算ばかり重視してきた設計法では足りないということだ。この力学的計算も最近、あの厄介な(?)限界状態設計法に移行しつつあるとか。
塩害とかアルカリ骨材反応とか、これには化学の知識が必要だ。コンクリート製品工場とは、実はセメントの水和反応を制御する化学工場ともいえる。だから、技術者は、「オレ、化学(バケ)に弱くて」なんていってられない。
どういうわけか力学系のヒトって、化学に苦手意識があるみたいですね。
実は私もそうなんです!


1999年08月05日(木)

我々が消費にいそしむことが経済を浮上させることだそうだ。
公共事業投資の効果も以前ほどではないらしい。
我々が消費を控えるのは、将来とくに老後に不安があるからともいう。しかし将来や老後に不安を感じない素晴らしい政治をおこなっている国があるのだろうか。貯蓄がマイナスになるほど株式や消費に走っている米国民は、その不安がないのだろうか。
言い古されていることだが、戦後の日本の高度成長を支えたのは、勤勉と倹約である。企業や国がそうして蓄えた金を、設備や公共事業に次々と投資し成長の階段を駆け上がってきた。つまり個人が使う代わりに企業や国が散財してきたわけだ。いま企業が元気がない。勤勉と倹約を良しとする感覚がまだ残っている我々は、なかなかお金は使えない。だから国にたっぷり使ってもらうしかない。建設投資も食傷気味だから、福祉にでも。
そして、最後は大盤振舞から国も、借金で首が回らなくなり国民から増税という名のカンパを仰ぐわけだ。
私は質素倹約で投機、投資もせず、地味に生きてくの理想なんだけど、これお国のためにはならないのかも。


1999年08月06日(金)

マスコミはだれの意見を伝えているのだろうか?と最近よく思う。
政治経済のことから、ミッチイ騒動まで、どうも自分の考えと違うなと思うことが多くなった。真実の報道のようでありながら、恣意性がかなりあるなと感じることもある。年をとって、保守的、体制側になったかとも考えるが、いずれにしても自分がそんなに利口になったわけではなさそうだ。
日本のマスコミは、日本や日本人を本当に褒めることが少ない。細部の欠点やアラを探すことが上手だ。それでいて怖いものにフタをしてしまう。報道してはいけない彼らの勝手なタブーも多いそうだ。
インドの悲惨な鉄道事故から、わが国の新幹線の傑出した安全性を思う。
コールドジョイント問題でこれだけの騒ぎだ。日本では、安全と水はタダだと思っていると言われるが、実は国や企業がやってくれており、その負担はわれわれ国民が間違いなくしている。山陽新幹線は突貫工事で無理をして工期に合わせた。
その無理もあるのかもしれない。今までの安全に感謝すると同時に、これからの維持に心からの信頼を寄せたいものだ。


1999年08月09日(月)

ボケ防止のために、米国のメールマガジンを毎日ひとつだけ配信してもらっている。「チキンスープ」という、いわば米国版「ちょっといい話」というか、感動小話というものだ。短いので辞書をひく回数も少なくて良い。
病気や死にまつわるシリアスな話題から、友情、勇気、愛情を讚える米国風ヒューマニズムの教則本みたいなものといえる。子供の話も多い。
どうも米国では、親は子供に、仲間や学校のリーダーになれ!上に立て!と当然のごとく教育するらしい。そしてその地位にふさわしい責任と義務を果たせ!ということらしい。 いま、日本の親は自分の子供にこんなことが要求できるだろうか? もちろん米国のいうリーダーとは、学業分野ばかりではなく広い意味を持つ。志向してなるリーダーと、日本に多い、担がれてなる(本当はなりたいのかも?)リーダーではその意気込みに大きな差があるのは仕方ないことだろう。責任感、義務感となると絶望的だ。
今の国会議員の3分1程度が二世議員だそうだ。地盤、看板、カバンがあるからといわれるが、親議員からリーダーになれと小さいころから教育されてきた結果ともいえるのでは。ただし責任感は教えられたかどうか?


1999年08月10日(火)

親友のS君が死んで、この夏で5年になる。
その日、彼は職場で倒れたそうだ。救急車で運ばれた病院で脳出血と診断された。
血管の切れた場所が悪くて、手術は無理とのことであった。私が駆け付けたとき、かれは集中治療室で上半身裸のまま、上を向いて眠っていた。意識はなかった。
泣きはらした眼をした奥さんが、もうだめだそうですとひとこと言って泣き崩れた。
親友であった。気の優しい友であった。学生時代ハワイアンバンドを組んでいて、小柄な彼と大きな私が一つのマイクでボーカルをすると、笑いがきた。一人娘が生まれたとき、名前を私の上の娘と同じにするぞと電話で友情を伝えてきた。大手ゼネコンのK組で西の方ばかり現場をあるいた。
死ぬ6ヶ月ばかり前、重機を大掛かりに使った規模の大きな造成現場を見に来いということで、わざわざ滋賀の方まででかけた。50才になったばかりの堂々たる所長だった。
彼が学校を卒業して、配属された先が山陽新幹線だった。隧道の建設現場の様子を時々手紙で知らせて きたものだ。その中に彼の誇りが感じられた。
いま、コールドジョイントに発する一連の騒ぎを複雑な思いで聞いている私である。
娘と同名の彼のひとり娘はいま、おなじK組に勤めている。


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