■亀の子コンクリート考
第二十五回:主流と非主流 小林 映章

前々回に「物の壊れ方を考えてみると」ということで、コンクリートのような脆性破壊と金属のような延性破壊の違いについての定説、さらにコンクリートの乾燥状態と湿潤状態における強度の違いについて触れてみた。そこで扱った対象は、構造体のあるカ所に発生した亀裂(ひび割れ)をもとに破壊が進行する、いわば理想的な破壊の場合である。このように破壊が亀裂をもとに連鎖的に進行する系については数学的な取り扱いが可能である。

筆者は破壊力学については全く専門外で、その内容を理解する力がないが、コンクリートの破壊力学はひび割れに起因する破壊現象を物理的に解釈した非線形破壊力学の導入によって大きく進歩したと聞いている。実際数十メートルを超える高層コンクリートビルが林立している光景を見ると、そのようなビルの建築を可能にした技術、特に強度計算の高度さに驚嘆するものである。

さて、コンクリートの破壊を惹き起こす亀裂は、施工のときから生じた歪みや、諸々の欠陥やあるいは凍結融解といったようなものが原因で生じることがあるが、コンクリート工学の理論で取り扱うひび割れは、構造体に大きな力が加わったときに最も弱い部分にひび割れが生じ、そこから連鎖的に破壊が進行することを前提にしており、このような前提のものとに材料強度と構造体の形状を考慮して耐久性が計算されていると考えてよかろう。ところでコンクリートの破壊については、上記のような諸々の欠陥の他に、空気中の二酸化炭素による中性化や、アルカリ骨材反応や、鉄筋の腐食といった化学反応による劣化で生じるものが最近特に問題になっている。

従来、コンクリートの破壊の研究は上記のような破壊力学に基ずくものが主流で、それを拠り所にして、わが国のような地震の多い国でも高層ビルがどんどん建築されているわけである。しかし、最近の状況はこのような主流の研究だけではなく、施工時の欠陥や、化学反応による劣化などを研究するいわば非主流の研究が重要であることを示している。時代の変遷を感じさせられる。

主流が華々しく、非主流が日陰で我慢している様子は政治の世界だけでなく、学問の分野でも産業界でも同じである。筆者は化学を専門にしていたので化学の分野、例えば戦後の合成ポリマーの動きを眺めてきたが、初期には、機械的強度や耐蝕性に優れたポリマーの合成や、その物性研究が主流で、合成物中に現在問題になっているようなホルムアルデヒドなどの未反応物の残留は全く問題にならなかったし、微生物で分解されてしまう天然ポリマーの研究などは人気に乏しかった。ところが時代が移って環境問題が騒がしくなると、微生物分解ポリマーの研究開発が主流となり、いまではポリマーから環境中に出てくる環境ホルモンの定量分析が、少なくともマスコミ的には最も日の当たる場所にある。

主流、非主流と分けることがよいこととは言えないが、ある時代に非主流の日陰の状態にあったものが実は時が経って見ると極めて重要であったというようなものが沢山存在することを忘れるわけにはいかない。


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