■私のコンクリート補修物語
第5部 防錆剤を用いたコンクリート補修 堀 孝廣

5-6 防せい効果実証実験その1

 Fickの拡散方程式を利用したシュミレーション試験によって、亜硝酸リチウムを高濃度に添加した亜硝酸塩含有モルタルにおいて、モルタル中の亜硝酸イオンは随時コンクリート内に浸透拡散していくであろうことが予測された。このシュミレーション試験の結果を得て、いよいよ実証実験の段階に進む運びとなった。

 予備実験として、4×4×16cmのモルタルバー供試体の中央に鉄筋を埋込み、その周囲を亜硝酸リチウム含有モルタルで被覆し腐食促進試験にかけたところ、中性化の有無、塩化物イオンの含有量にもよるが、電位の変化及び鉄筋の腐食減量は、明らかに亜硝酸リチウムの腐食抑制効果を示していた。次の段階のコンクリートによる実証試験へ歩を進めるにあたって、テーマの大きさ、実験規模から一化学会社の実験としては手に余るものがあり、またその実験の信頼性を得る上でも、大学或いは公的機関からの手助けが必要であった。そこで、防せい剤多量添加方式に関する実験で懇意にさせていただいた、当時の建設省建築研究所無機材料研究室の桝田室長にお願いしたところ、快く承諾していただき、アドバイスを受けながらの共同研究を開始する運びとなった。

 促進試験は会社の船橋にある研究所内で、暴露試験は建築研究所の屋外暴露試験場で、1988年の7月から実験を開始した。促進実験は、試験体が15×15×23cmで個数が96とボリュームがあり、促進試験槽に入りきらないため、ガラス張りの温室を組立てその内部で試験を行なうこととした。試験の内容は、塩化物イオンを含有させたコンクリート内に鉄筋を設置し、亜硝酸リチウムを高濃度に含有させたモルタルをコンクリート表面に塗布し、その防せい効果を確認するという単純ではあるが、根気強さと緻密さが要求されるものであった。尚、付着力確保のため、モルタルはすべてポリマー(SBR)をセメントに対して10%添加したポリマーセメントモルタルとした。

 その5年間に及ぶ試験結果をまとめて、JCIのコンクリート工学論文集〔防せいモルタルに関する研究:コンクリート工学論文集 第5巻第1号 1994年1月〕に発表しているので、その概要を紹介しよう。




 電位測定は随時湿らせた布で1日ラップした後、銅硫酸銅電極で測定した。亜硝酸リチウムのコンクリート内への拡散と鉄筋の腐食状態は、所定のタイミングで試験体を割裂して鉄筋を取出し、表面からの深さ毎にドリル法でサンプルを採取して測定した。以下その実験結果について紹介しよう。

(1)モルタルの付着性

(2)亜硝酸リチウムの拡散
 以下に、50℃の温水中に抽出した可溶性亜硝酸イオン、リチウムイオンの分布を示す。



 以上のように亜硝酸イオンの拡散は、ほぼシュミレーション試験に近似し、屋外暴露より温室内暴露の方が拡散は進んでいた。暴露環境下の温度、湿度による影響と思われる。

 リチウムイオンの拡散も、モルタル中の濃度に準じて拡散が進んでいるが、亜硝酸イオンに比べて拡散速度がやや遅い。コンクリート細孔内のイオンバランスから、陽イオンは陰イオンに比較し拡散が進みにくいと言われているが、この場合にも同様な傾向が表れたようである。


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