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水の話
■水の話 ~化学の鉄人小林映章が「水」を斬る!~
3章 水資源 小林 映章

3.2 日本における水の使用と汚染

3.2.8 新しい水環境
—広域汚染された水質を浄化するために新しい水環境を造る動きが高まっている—
 前節でみたように、わが国の公共水域の水質は一時期よりも改善されたとは云え、なお満足するにはほど遠い状態にあります。いまもって水質が満足な状態にならない主因は、汚染が、ある企業の出す排水とか、ある特定の地域から出る水が汚染源であるといったように特定できるものが少なくなり、現在問題にされているものはもっと広域の汚染、すなわち、雨水の汚染、田畑からの余剰肥料の流出、林業の衰退が引き起こした山林の疲弊に伴う水浄化能力の低下といったようなもので、視野を広くした水質改善策が採られないと、これ以上の改善は望めないところまできています。

 本節では水質の広域汚染、すなわち、点汚染(point pollution)ではなく、面汚染(non-point pollution)に対する改善策について、成書(武田育郎著:水と水質環境の基礎知識、オーム社(平成13年)等)を参考にして概観します。

(1) 新しい水環境を創設する基盤
 近年生態工学(ecological engineering)という言葉が注目を集めています。生態工学とは人間と生態学、あるいは人工物と自然の調和を目指しているものです。従来生態系によって行われてきた水質浄化を、工学的な手法を導入して、自然水域でもより速く効率的に行わせようとするのもこの一環です。生態系をある程度コントロールすることにより、水質浄化の速度を高めようというものです。

 こうした生態工学の観点から考えられる水環境の創造は、自然が太古から行ってきた微生物による水質浄化と水生植物による水質浄化に根ざすもので、これに人と自然の関わりを調和させたビオトープが中心となっていきます。

(2) 微生物による水質浄化
(i) 接触酸化による水質浄化
 この方法は河川や水路の比較的流速が遅い部分に接触材を設置し、接触材の表面に発達した生物膜によるBOD成分の好気的分解や懸濁物質の除去を目指しています。図18にその例を示しました。接触材としてはプラスチック製、ひも状繊維質、礫、木炭などが用いられます。河川の一部を、接触材を充填した水路にバイパスさせて浄化を図ることもあります。

 ただこの方法では、接触材表面での生物膜の増殖速度が大きい場合、これが剥離して下流に流出したり、悪臭の原因になったりすることもあります。また景観を損なうことがあることも問題です。

(ii) 接触曝気施設による水質浄化
 接触曝気施設による水質浄化は、生活雑排水などで汚染した水路の水をポンプなどで汲み上げ、生活排水処理施設と同等な施設で水質浄化を図ろうとするものです。施設には下水処理場と同じ働きをする流量調整槽、沈殿池、接触曝気槽などがあります。

 十分な処理を行えば放流水の水質はかなり改善されますが、施設の基本的な仕組みは下水処理場と同じです。したがって曝気のための電気代や、汚泥の処理費等のコストがかかります。このような処理は水路の流量が限られていて、汚濁が進んでいる場合に効果的です。

(3) 水生植物を利用した水質浄化
(i) 水生植物と水質浄化
 水質浄化で力を発揮する生物は微生物ですが、水生植物の群落も水質浄化に寄与することが期待されます。水生植物の水質浄化の仕組みは、水生植物自体の養分吸収と、水生植物を基体とする付着生物群による養分吸収や硝化・脱窒、および水生植物で水流が弱まることによるリン分の沈殿などです。

 実験水槽などを用いて種々の水生植物による窒素とリンの除去が測定されています(尾崎、近藤:自然浄化機能を活用した農山村地域の水質改善:用水と廃水,(1),37(1995))。その結果を表26に示しました。

 図19にはゼオライトを充填し、その上に植物や花卉を植栽した「バイオジオフィルター」に家庭の合併浄化槽の処理水を導入した事例が示されています。

 図19のように、栽培されている植物による差はありますが、水生植物による明らかな浄化効果が認められます。

(ii) 湿地での水質浄化
 湿地では沈水植物、浮葉植物、抽水植物など多様な水生植物が繁茂しています。また、植物群落が大小の動物の隠れ家となり、産卵場となっています。一般に湿地では水の滞留時間が長く、また水深や流水の状態によって酸化的な環境と還元的な環境が生じます。したがって、湿地の植物群落内でも十分な水質浄化が期待できます。

 近年は、既存の湿地の見直しの他に、人工的に湿地を創設して水質浄化を進めようという動きが各地で起きています。例えば、集約的な畑地帯や市街地から流出する栄養塩に富む水を、低地にある溜池や休耕田を改良した人工湿地などに導き、ある程度の水質浄化を施した後にさらに下流へ流すことが行われています。

 ここで注目される水生植物は、面積当たりの植物量の多い、ヨシやガマなどの抽水植物やホテイアオイなどの浮葉植物です。抽水植物は窒素、リンなどの吸収量が大きいだけではなく、根の周辺では茎を通って酸素が供給されるため、泥中の有機物の分解や硝化が促進されます。

 水生植物による水質浄化では、栄養分を吸収した植物の刈り取りが重要です。また、刈り取った植物を加工して有効利用することが求められています。現在の経済状態や、人々の生活態度を考えるとこの点の改善は簡単ではないかもしれません。

(4) ビオトープ
 ビオトープ(biotope)とは元来特定の生物が生存できる空間を指す言葉でしたが、わが国では多様な野生生物が生息できる生態系を指しています。最近では人工湿地や、水路、それに整備された河川などを組み合わせて人々の憩いの場とする施設が多くなりました。

 図20は生活排水で汚濁された水路の水を浄化施設で処理した後、処理水を「木・竹炭浄化水路」、「多自然浄化水路」、それに「ホタル水路」などへ流し、浄化施設の周辺を公園化している例です。

 クレソンやウオーターレタスなどの有用な植物を水質浄化に用い(植生浄化池)、植物の手入れや収穫を住民活動に取り入れることも行われているようです。

 ビオトープの考え方は今後ますます発展することと思われます。多くの河川や海岸の護岸、各種水路、治山のための擁壁等にもこの考え方が及び、むき出しのコンクリートからビオトープ型コンクリート構造物へと変化する大きな流れがすでに生まれています。


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